失敗したことを見ずに成功した(≒生存した)ことのみを基準に判断してしまい、不完全で歪んだ結果を導き出してしまう『生存者バイアス』。
具体例や発生することによる影響・リスク、回避する方法などについて解説しています。
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『生存者バイアス』とは?
『生存者バイアス(Survivorship bias)』とは、失敗したことを見ずに成功した(≒生存した)ことのみを基準に判断してしまい、不完全で歪んだ結果を導き出してしまう、認識や思考の偏りのことです。
「生き残った」、つまり「選択」という関門を突破したデータだけに焦点を当てて、「生き残れなかった」「選択されなかった」データを無視した時に発生するエラーが由来となっています。
認知バイアスの一種であり、ビジネスシーンでもよく見られる現象として知られ、『生存バイアス』とも呼ばれています。
つまり、成果や成功を遂げた人物や企業、物事だけに注目し、失敗した結果を考慮せずに誤った判断や結論を導き出してしまう心理事象と言えます。
生存者バイアスの具体例
本当に補強すべき戦闘用飛行機の箇所とは?
有名な例として、第二次世界大戦中の戦闘用飛行機の分析が挙げられます。
第二次世界大戦中、アメリカのコロンビア大学の統計学者アブラハム・ウォルド 氏とその研究者チームは、敵機に撃ち落とされないように飛行機の装甲を補強する任務に就いていました。
その任務を達成するために、軍部からの指示を受け、帰還した飛行機の損傷個所を分析し、そのデータから機体の補強箇所を提案することがミッションでした。
このミッションを進める中で、最も損傷を受けた箇所を補強することが合理的なように思えますが、ウォルド 氏は撃墜されて帰還できなかった飛行機を無視して、無事に帰還した飛行機の損傷部位だけを考慮しただけでは『生存者バイアス』に陥ってしまうことに気づきました。
そこでウォルド 氏とその研究者チームはアプローチを変え、帰還した飛行機の損傷が激しい部位はむしろ、その箇所に被弾しても帰還ができたのに対して、急所とも言える部位を損傷した飛行機は撃墜されたと気づきました。
ウォルド 氏は『生存者バイアス』を考慮し、データで過小評価されていた「モーターとコックピット周辺」を補強することを軍部に提案しました。
これらの急所に被弾した飛行機は撃ち落されて帰還できなかったため、その機体の損傷個所のデータは含まれていませんでした。
その結果、『生存者バイアス』を考慮した上で本当に必要な箇所を補強することができました。
このことから、帰還できなかった(失敗した)機体の損傷箇所を見ることなく、帰還した(成功した)機体の損傷箇所の装甲を補強することは、補強が本当に必要な箇所ではなかったという『生存者バイアス』を未然に回避した例と言えます。
高所から落下した猫ほど生存率が高い?
ほかに有名な例としては、猫高所落下症候群の研究が挙げられます。
猫が2階以上の高層階から突然飛び降りてしまう猫高所落下症候群(フライングキャットシンドローム)。
高層マンションから転落してしまった猫115匹を対象に調査した結果、9階以上から落ちた猫の死亡率が5%だったのに対し、それより低層から落ちた猫の死亡率は10%でした。
この結果を受け、当初専門家は「猫は高層階から落下するほど生存率が上がる」と考えていました。高い階層から落ちた方が滞空時間が長いため、着地姿勢をとることができることを根拠として挙げていました。
ですが、ここでも『生存者バイアス』が働いています。
注意しなければいけない点として「落下して死んでしまった猫は病院に運ばれない」ということです。
高層から落下してしまうと、生存を諦めてしまい病院に連れていかないという飼い主が一定数いると考えられます。
一方、低層階から落下した場合、重症であっても猫が助かることに希望を持ち、病院に連れて行く飼い主は多いはずです。
高層階から落ちた場合、木がクッションになって衝撃が和らいだなど、奇跡的に軽傷で済んだケースのみ、病院に連れて行くことになります。
つまり、落下してしまった際の生存率は、高層階から落ちた方が本来低くなりますが、病院に連れて行く猫に対する生存率は「高層階から落ちた猫の方が高くなっていた」ことから、結果的に高層階から落下した猫の生存率が高く見えるようになったということです。
この例のように、「結果だけ」を見て過去の原因を予測しようとすると『生存者バイアス』に陥ってしまい、物事を正しく捉えることができなくなってしまいます。
新型コロナウイルスワクチンを接種すると死亡率が上がる?
さらに、新型コロナウイルス感染といったパンデミックにおいても『生存者バイアス』が発生するケースの一つと言えます。
例えば、「新型コロナウイルス(COVID-19)のワクチンを接種するのは危険。マスクも不要。殺人兵器だ」と陰謀論者のごとく主張する著名人がいるとします。
そして、その著名人や同じ「反ワク」を主張する仲間も実際に体調を崩さずに健康そうだとします。
すると、この著名人の主張に説得力を感じやすくなり、「ワクチンもマスクも害悪だ」と考える人々が増えるのは、コロナ禍での論争を実際に見てきた我々にとって納得できると思います。
このようなワクチンやマスクを否定する人々は、ワクチンを接種せずに感染して重症化した人や死亡したケースを『生存者バイアス』によって無視している可能性があります。
そもそもワクチン接種した人としない人の死亡率を比較することは、新型コロナウイルスのようなパンデミック事象の場合、取得できるデータが不完全であり信頼性に乏しいことから、正確に評価することは困難と言えます。
合格した先輩を真似れば結果は出る?
身近な例として、受験時の「合格者の声」も『生存者バイアス』に陥りやすいケースとして挙げられます。
自身や家族が難関校・難関大学を受験する際、合格した先輩の受験時に取り組んだ体験記が目に留まります。
「いろいろな参考書ではなく、この参考書だけを何度も解いて受験に臨みました」というようなものです。
こういったものを目にすると「合格した先輩という成功者の経験を真似ることが、受験合格の正攻法だ」と思い、その参考書だけを解こうとしてしまいがちです。
ですが、これはあくまで「1つの成功体験」であり、これだけを過信してしまうと合格から遠のいてしまうリスクがあります。
大学を中退した人には成功する起業家が多い?
大学を中退した人には、著名な起業家がいます。
世界的に有名な、マイクロソフトの創業者であるビル・ゲイツ 氏やアップルの創業者であるスティーブ・ジョブズ 氏、メタ・プラットフォームズ(旧:フェイズブック)の創業者であるマーク・ザッカーバーグ 氏が例として挙げられます。
ですが、「これら著名な起業家のように成功するためには、大学を中退しても支障はない」という考えは『生存者バイアス』に陥っていると言えます。
大学を中退し成功した有名な起業家の裏には、失敗に終わった人々が少なからずいるはずだからです。
「成功企業の事例」を取り入れればビジネスは成功する?
この『生存者バイアス』は、もちろんビジネスシーンでも起こります。
ビジネス書やWebサイトで公開された成功企業の事例に着目して、自社ビジネスに取り入れるケースがあります。
ですがビジネスは「タイミング」を考慮することが必要です。
当時、成功企業が実施したビジネスが、現在の市場(マーケット)に合致しないケースも往々にしてあります。
成功した企業のビジネスを真似るのは必ずしも悪いことではありませんが、あくまで「一握りの成功事例」と認識した上で、建設的な批判的視点(『クリティカル・シンキング』※)を持って自社のビジネスに合致するのか、タイミングなどを踏まえて考えることが必要になります。
※『クリティカル・シンキング』の詳細については、こちらのページをご覧ください。
先入観や固定観念にとらわれずに、健全な批判的精神に基づいて物事や事柄を多角的・論理的に考え、本質を突き止める考え方である『批判的思考(クリティカル・シンキング)』。なぜ必要なのか?行うメリット、論理的思考(ロジカル・シンキング)との違い、行うために必要なこと・手順、活用例について解説しています。
本当にこのサービスの「顧客満足度」は高い?
仮に自社で導入しようとしている会員制ビジネスの顧客満足度が90%のサービスがあったとします。
しかし、そのデータには「サービスに満足せず脱会した人数・企業数」は含まれていません。
「脱会した(≒失敗した)数」が含まれていないことを考慮せずに、提示されたデータに信憑性を感じているとしたら、『生存者バイアス』に陥っている可能性があります。
もし、不都合なデータを意図的に見ないようにしているのであれば『確証バイアス』(※)が働いているとも考えられます。
※『確証バイアス』の詳細については、こちらのページをご覧ください。
自身にとって都合の良い情報ばかりを集める心理傾向である『確証バイアス』。ネガティブな影響とポジティブな活用例について解説しています。
テンプレを引き継げば同様の成果が出る?
『生存者バイアス』は、社内の業務でも起こります。
例えば、以前所属していたマーケターが担当していた『リードナーチャリング』(※)で、特定の配信メールテンプレートを使って受注率をアップさせていたとします。
ですが、「特定の配信メールテンプレートを使っていた」という1つの事実だけに注目するのは危険です。
実際には配信するタイミングであったり、配信対象ごとにコンテンツを工夫していたりと、テンプレ以外にも多くの成功要因があった可能性があります。
この「特定の配信メールテンプレートを使っていた」ことが「受注率をアップさせた唯一の要因」と判断してしまい、一部分だけを踏襲するだけでは思うような成果を出せません。
※『リードナーチャリング』の詳細については、こちらのページをご覧ください。
リードナーチャリングとは?なぜ必要? 『リードナーチャリング(Lead Nurturing)』の意味とは、リードジェネレーション(※)で獲得した見込み客(リード)に対して、興味関心度・購買意欲を高めていく方法を指します。 …
生存者バイアスが発生することによる影響・リスク
『生存者バイアス』が発生すると、失敗例といった不都合な事例を見落とし事実の認識を歪めて、成功の可能性を過大評価し、発生するリスクを過小評価することにつながり、誤った結論を出してしまう可能性が高まってしまいます。
具体的に発生するリスクは主に以下の通りです。
結論を歪める
『生存者バイアス』は、相関関係と因果関係の基本的な誤解から生じるため、バイアスが生じてしまうと結論が歪められてしまい、事実が誤って理解され周囲に伝播されることになる可能性があります。
理解不足が増える
『生存者バイアス』によって、事象や対象についての理解が不完全になるリスクが高まります。
失敗例を想定外とし成功例だけに着目することから、結果に変化を生じさせる根本的なメカニズムや要因に関する洞察のための重要なデータを見逃すことになってしまいます。
サンプル抽出に偏りが生じる
『生存者バイアス』は、結果を考察するサンプルの選択(抽出)に影響を与える可能性を生じさせます。
成功しなかった例を除外することで、無意識にサンプルに偏りが生じてしまうことになります。
データの解析・解釈に偏りが生じる
『生存者バイアス』に陥ってしまうと、失敗例や自身が意図しないデータを排除する傾向があるため、統計解析に偏りが生じる可能性が高まります。
その結果、恣意的なデータ化や正確性を欠く結果の解釈となり、誤解を生じさせる恐れがあります。
再現性を担保できなくなる
『生存者バイアス』によって、データの解析や解析に偏りが生じるため、再現性を妨げることになります。
生存者バイアスによるリスクを回避する方法とは?
この『生存者バイアス』を回避するための方法としては、以下の2つが挙げられます。
「期待値」をあらかじめ推測しておく
『生存者バイアス』を回避する方法の一つは、あらかじめ「期待値」を推測しておくことです。
期待値とは、「何かを行った時の確率を考慮した平均値」を指します。「実施したことの結果として得られる数値の平均値」とも言えます。
例えば、サイコロを1回投げた時に出る目の「期待値」を求めると以下の図のようになります。
つまり、サイコロを投げた時に出る目の「期待値」は 3.5 になります(数学の分野では分数で書くので期待値は 2分の7 という表記になります)。
期待値は「実施して得られる数値×特定の事象が起こる確率」によって求められますが、実際のビジネスシーンではイレギュラーなことが多いため正確な期待値を求めるのはできないと言えます。
とはいえ、成功例だけでなく失敗例も考慮することで、ある程度大まかな「期待値」を算出することができます。
「生存者」と「非生存者」両方を意識する
「期待値を推測する」ことと連動して、「生存者」と「非生存者」両方を意識して極端な例だけでなく結果全体を俯瞰して分析することも必要になります。
例えば、データを収集する対象が自身にとって身近な人の場合、信憑性は高くなる傾向がありますが、統計的に見ると「外れ値」であるケースも往々にしてあります。
信憑性の高い身近な人の例であっても「全体として見ると特殊な例ではないか?」と、建設的に疑うことも求められます。
まとめ
失敗したことを見ずに成功した(≒生存した)ことのみを基準に判断してしまい、不完全で歪んだ結果を導き出してしまう『生存者バイアス』。
このバイアスは気づかないうちに頻繁に発生し、その影響は脅威的と言えます。
例えば、マーケティング担当・マーケターはデータ分析を行うことがありますが、分析をする際に『生存者バイアス』に陥っていることに気づかなければ、ターゲティング(訴求対象)の設定といった戦略の策定、それに伴う実施施策も「的外れ」になってしまいます。
特に中小企業規模の場合、人的リソースはもちろん予算的制約もあるので、「的外れな施策を実施し成果が出なかったが、今期は予算がないのでもう新たな施策ができない」ということも起こり得ます。
そのため、マーケティング領域を含めたビジネスシーンにおいても、この『生存者バイアス』という存在を理解・認識し、積極的に対策を講じることが求められます。
成功例とその裏にある失敗例、結果だけでなく過程(プロセス)も考察する、過去から時系列の変化を見るというような、多面的に捉える姿勢が必要と言えます。
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