賛否が分かれる『千羽鶴』論争
日本国内で発生する地震などの災害時、また海外の軍事侵攻や災害時に被害や避難を強いられている方々へ『千羽鶴』を送ることが取り上げられています。
千羽鶴を送るという行為について賛否の意見が飛び交っていますが、こういったケースは一見関係なく見えますが、マーケティングの観点から見ても重要なことです。
『千羽鶴』の観点から、日本国内・海外の災害、千羽鶴の成り立ちや由来、千羽鶴を送るという行為をマーケティングの観点から紐解いてみます。
日本の『千羽鶴』文化の起源
折り紙の起源は中国やスペインから渡来したなどの説がありますが、明確な根拠は不明です。
日本では独自の折り紙文化が発達し、平安時代には「折り紙」という言葉があったとされています。
江戸時代には「折り鶴」に関する本が出版され、庶民の間で折り鶴を折ることが流行したとされています。
さらに「鶴は千年、亀は万年」という言葉があるように、長寿を象徴する鳥であり縁起の良い数として、折り鶴を千羽折って糸で通したものを『千羽鶴』と呼ばれています。
長寿祈願のほかにも病気快癒、さらに「非核の象徴」や「平和の象徴」ともされ、入院患者へ贈る、寺社に寄贈する、災害時に被災地へ贈るという習慣が根付いていきました。
日本国内で起こった災害①東日本大震災
東日本大震災とは
内閣府(※1)によると、2011年3月11日に三陸沖を震源とするマグニチュード9.0の地震により発生した東日本大震災によって、
震災から3か月を超えた6月20日時点で、死者約15,000人、行方不明者約7,500人、負傷者約5,400人、125,000人近くの方々が避難生活を送ることになりました。
※1 東日本大震災:内閣府
支援について
東日本大震災のときに送られて不要だったものというのが、まとめられています(※2)。
- 千羽鶴・応援メッセージや寄せ書き
- 成分表が読めない海外食品(アレルギー成分がわからないため)
- 冷凍食品(冷蔵庫が使えないため)
- 保存食以外の食料(缶詰・瓶詰・カップ麺も賞味期限が切れたものは不安)
- 古すぎる衣類・洗濯していない毛布・布団・下着など
- 自分で食料などを確保できないボランティア
※2 東日本大震災のときの「今だから言える、要らなかった(迷惑だった)支援物資」6つ→ネット民「ショックです」
大きな災害が起こると、被災地にはさまざまな支援物資が届きます。でも送られても困るもの(ハッキリ言って迷惑なもの)も多いようです。Twitterでは、こんなツイートが注目されています。子どもが道徳で使用した...
Twitterのコメント
2022/04/16
私実は被災者に値する人間です。東日本大震災の時ですね。
無論私は避難しましたが、避難先に物品、確かにある程度はあったんですよ。支援物資が初日に届くわけないのでね。
2日目に届いたのは確かに飲み物や食い物でした。
その中でひときわ目立ったのが、そう千羽鶴でした。正直マジで邪魔だったTwitterのコメント
2023/02/13
「千羽鶴送るのやめて」って言われて「それしかできない人もいるんです!!」とか言う人、
東日本大震災の時もいたけどじゃあ何もしない方がまだマシだよ。いらん仕事増やすなよ混乱しまくってるところに。
日本国内で起こった災害②熊本地震
熊本地震とは
内閣府(※3)によると、2016年4月14日に熊本県熊本地方においてマグニチュード6.5の地震が発生した熊本地震よって、震災から3か月を超えた7月14日時点で、死者約55人、負傷者1,814人、180,000人を超える方々が避難を強いられることになりました。
※3 平成28年熊本地震:内閣府
支援について
熊本地震で支援対応した熊本市の復興総室室長に取材した内容(※4)によると、
・当時、千羽鶴がどれほどの量送られてきたのかはわからないが、震災からしばらくたって現場が落ち着いてから届いた記憶が。
・届いた千羽鶴の廃棄に困っているという話は聞いたことがなく、報告書としてもあがってきたこともない。
・処置に困ったのは千羽鶴などよりも、避難者が少なくなった後でも大量に届いてしまった日本全国から個人の支援物資。
・被災者のニーズは時間の経過とともに変わる。ニーズにマッチしない上に数も多いため、持て余してしまった。
・被災直後は現場のマンパワーも不足しているため、個人が物資を送ってしまうとかえって混乱を招いてしまうことも。
※4 「被災地に千羽鶴はやめるべき」議論が西日本豪雨で再燃 熊本地震で現場はどうだったか、熊本市に聞く
海外で起こった軍事侵攻や災害①ロシアによるウクライナへの軍事侵攻
ロシアによるウクライナへの軍事侵攻とは
BBC NEWS JAPAN(※5)によると、2022年2月24日にロシアが開始したウクライナへの軍事侵攻で、ロシア・ウクライナ両軍でそれぞれ約100,000人の死傷者が出ており、民間人の死者は約40,000人に上っている可能性があるとのことです。
※5 ロシアのウクライナ侵攻、両軍の死傷者は約20万人=米軍トップ:BBC NEWS JAPAN
ロシアのウクライナ侵攻で、両軍がこれまでにそれぞれ約10万人の死傷者を出しているとの見方を、アメリカ軍トップが明らかにした。民間人の死者については約4万人に上っている可能性があるとした。
軍事侵攻をうけるウクライナへの支援について
外務省(※6)によると、2023年1月27日時点でウクライナへ以下の支援を実施しているとのことです。
※6 ウクライナ情勢に関する対応:外務省
- ドローン・防弾チョッキ・ヘルメット・防寒服・天幕・カメラ・衛生資材・非常用糧食・双眼鏡・照明器具・医療用資器材・民生車両(バン)等の提供
- ウクライナ及び周辺国向けに、緊急人道支援(保健、医療、食料、保護)を実施(2億ドル)、令和4年度補正予算の措置による人道支援、復旧・復興支援を決定(約5億ドル)
- ウクライナからの穀物輸出促進支援(1,700万ドル)
- ウクライナ政府が無償で提供したウクライナ産小麦のソマリアへの輸送、現地での配布支援(1,400万ドル)
- ウクライナに対する財政支援(6億ドル)
- 越冬支援のため、国際機関を通じ発電機及びソーラー・ランタンを供与(約257万ドル)
- 「ウクライナの人々に発電機を送る越冬支援イニシアティブJAPAN」による4台を含む約300台の発電機の供与(上記国際機関を通じて供与する発電機含む)
- カンボジアと協力したウクライナ非常事態庁職員への研修を含む地雷・不発弾対策支援
- 希望する在留ウクライナ人の在留延長を許可
- ウクライナから日本への避難民の受入れ
- 避難民支援のための物資協力、自衛隊機によるUNHCRの人道支援物資の輸送協力、医療・保健等の分野における人的貢献
一方、ウクライナ大使館は「千羽鶴は迷惑」と主張したことはなく、届いた千羽鶴を大使館に飾るなどして感謝の気持ちを述べているようです(※7、※8)。
※7 ウクライナに千羽鶴を送ることは果たして“迷惑行為”なのか…ネットで「千羽鶴警察」が出現する背景
近年、長寿を願う贈り物から、千羽鶴の意味が変わりつつある。
※8 ウクライナ大使館に千羽鶴:日本経済新聞
日本経済新聞の電子版。日経や日経BPの提供する経済、企業、国際、政治、マーケット、情報・通信、社会など各分野のニュース。ビジネス、マネー、IT、スポーツ、住宅、キャリアなどの専門情報も満載。
海外で起こった軍事侵攻や災害②トルコ・シリア地震
トルコ・シリア地震とは
2023年2月に発生したトルコ・シリア地震は、死者は50,000人以上、トルコでは約1,500,000人が家を失った(※9)とされています。
※9 「最後の一人まで救って」 日本から地震のトルコに祈りささげ:毎日新聞
5万人以上が犠牲になったトルコ・シリア地震から間もなく1カ月。トルコでは約150万人が家を失い、余震におびえながらテントなどで生活している。国内で無事を祈る在日トルコ人や現地入りした支援団体は「これから国内の関心が薄くなるのが不安だ。最後の一人まで救って」と継続した援助を訴えている。
トルコ・シリアへの支援について
トルコに災害支援救助チームを派遣している日本非営利団体の「ピースウィンズ・ジャパン」で医師として活躍している稲葉 基高 氏によると、
・現地では必要なものが刻々と変わる。物資は難しい。災害発生時は特に物流が混乱している。
・水やパン、温かいものがほしいニーズはあると思うが、送って着いた時にはもう別のものに変わっている。
・現場のニーズに合わせてすぐに変えられるお金がいいと思う。
とのこと。さらに、同団体で広報および企業提携を担当している新井 杏子 氏は以下のようなコメントをしています(※10)。
・一日ではなく、数時間ごとにそこの場所にどんな人がいて、何が必要か変わってくる。
・その場に合わせてタイムリーに物を届けるのは難しい。特に海外では、その国の人が慣れ親しんでいる食べ物がある。
※10 トルコに「千羽鶴」? 日本国内からも「処置に困る」指摘:中央日報
中央日報 - 韓国の最新ニュースを日本語でサービスします
また、稲葉 基高 氏は、お金を寄付する際には、その寄付先の団体の活動実績や、寄付金の用途などの情報公開しているかなどを注視して、しっかり寄付先を選定することの重要性を説いています。
日本でもトルコ・シリア地震発生後、さまざまな政党が募金活動を開始していますが、募金から「活動費」と称して政党が得ているケースがあるので、注意が必要なようです。
支援する側と支援される側の間に生じる「乖離」
国内・海外で発生した災害や軍事侵攻により被災したり避難を強いられる「支援を受ける側」と「支援する側」には、乖離が生じているようです。
・支援を受ける側が助かるのは・・・物資ではなくお金
・支援する側が送るモノとしては・・・水や食料、衣類などの物品
なぜ物品支援が多くなるのかというと・・・
- 支援する側は、被災者が極限の状態に陥っているというイメージをしてしまうため、お金よりも物資となってしまう。
- 水や食料は「被災者がどう救われるか」イメージがしやすい。つまり、「自分が助けた」という気分になりやすい。
- 家にある使わない衣類で被災者を助けられるなら気分が良いけど、現金を出すのは・・・という人も少なからずいる。
お金を支援する場合は、その寄付したお金がどう使われたかわからないため、被災者の救われるイメージができず気が進まない、お金で済ますのは「心がこもっていない」気がする、という心理も働いているはずです。
ですが、上述の「自分が助けた」という気分になりやすい、お金だと被災者の救われるイメージができず気が進まない、極限の状態に陥っているのだから物資が必要だろう、といった考え方はすべて「支援をする側の視点」であり、「支援を受ける側の視点」で思考しての行動判断ではないのです。
「支援を受ける側の視点」で考えると、トルコ・シリア地震で支援をしているピースウィンズ・ジャパンのコメントにもあるように、送るときは必要であったモノでも、現地に届くころには必要ではなくなっている・優先順位が下がっているというケースがほとんどであるのであれば、お金を寄付しよう、と判断する割合がもっと高くなってもよいはず。
さらに「支援を受ける側」としては、本当はお金の方が支援としては助かるけれど、善意で支援してくれる人々に「物資じゃなくてお金を送って」とは言いづらいだろう、と察することもができるはずです。
被災された人々への支援で大事なことは、「必要な人に必要な支援が届く」ということ。
なので、支援する側だけの視点で考えて自身の承認欲求を満たすような活動は避けるべき、と言えます。
※物品よりも寄付金の割合を増やすためには、寄付を受ける団体側が寄付金の使用用途を項目別にウェブ上に公開し透明性を高めることで、寄付する側が抱きがちな不信感を取り除き、お金を寄付する心理的ハードルが下がると思われます。
『千羽鶴』に限定すると・・・
上述の支援する側と支援される側の間に生じる「乖離」を考慮すると、『千羽鶴』論争の最適解は『対象、ニーズ、タイミング』を考慮して送る、ということになります。
まず『送る対象』で考えてみると、日本国内の被災地へ送るのであれば、千羽鶴を送る意図は理解されやすいのですが、海外へ送るとなると、日本の千羽鶴文化が浸透していない地域であれば、理解されず不要なモノと認識されます。
次に『ニーズ』で考えてみると、支援を受ける側が何を欲しているのか、を理解することが重要です。
いくら支援する側が「千羽鶴が欲しいだろう」と思っていたところで、受け取る側が欲していなければ不要なモノとなってしまいます。
最期に『タイミング』で考えてみると、災害直後で日用品や水や食料が必要な段階で千羽鶴が届けば、不要・迷惑と捉えられます。
一方、避難生活が安定し、日常生活を取り戻すための段階で千羽鶴が届けば、批判を受けずに心の癒しになる可能性があります(文化的背景を知らない海外は除く)。
つまり、『対象(ターゲット)、ニーズ、タイミング』を誤ると、気持ちを込めて折った千羽鶴も「善意の押し付け」になってしまうのです。
『千羽鶴』論争はマーケティング活動にも当てはまる
この『ターゲット、ニーズ、タイミング』は、ビジネスシーンにとっても重要なポイントです。
特に『ニーズ』の観点は、マーケティングアクションにおいて見誤ってはならない要素となります。
「人は4分の1インチ径のドリルが欲しいのはなく、4分の1インチの穴が欲しいのだ」
これは『レヴィットのドリルの穴理論』として知られています。
マーケティング界のドラッカーと称される、ハーバード・ビジネス・スクールのマーケティングの教授、セオドア・レヴィット氏が提唱した有名な理論です。
ドリルというのは単なる道具であり、穴を開けるための手段でしかなく、欲しいのは「ドリルで開いた穴」である、というものです。
これをさらに深掘りすると、本当に欲しいのは「ドリルで開いた穴」ではなく、ドリルで壁に穴を開けて取り付けた棚に物をしまい、部屋を片付けたいのかもしれませんし、自分で壁にドリルで穴を開けて棚を作るという満足感を得たいのかもしれません。
あるいは、棚を作ったことを家族に褒めてもらいたい・喜ばれたいのかもしれませんし、作る棚に物をしまうことで部屋が整頓するという清潔感ややすらぎを求めているのかもしれません。
つまり、本当に欲しいのは「穴=ドリル」ではなく「部屋を片付けたい」「棚を作る満足感を得たい」「家族に喜ばれたい」「清潔感を感じたい」「やすらぎを得たい」ということが考えられます。
ドリルを買いに来る人の本当の『ニーズ』(欲しいモノ)を理解すれば、ドリルではなく「穴を開けずに取り付けられる棚」であったり、片付けの代行サービスなどを提案するのが適しているかもしれません。
最後に
もちろん、災害に見舞われた方々と消費者とでは違いがありますが、自分が『何を支援したいか』『何を販売したいか』ではなく、対象が『何を求めているのか』を理解したうえで行動することが、『千羽鶴』を送るなど被災地へ支援する際にも、商品やサービスを販売する際にも求められる重要なポイントになります。
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